日本における検閲は

日本における検閲は、大日本帝国時代を中心に内務省等により、また連合国軍の日本占領時代にはGHQ/SCAPによっても行われていた。

検閲は大きく分けて事前検閲と事後検閲の2種類あるが日本において行われたものの多くは事前検閲である。

江戸時代から出版が盛んになるにつれて江戸幕府も検閲に乗り出すようになった。

初期はキリスト教や幕政批判、徳川家の事績に関するものが発禁の対象だったが、寛政の改革では風俗を乱すものや贅沢な出版物も対象となった。

版木を没収されたものでは『海国兵談』などが有名である。

大日本帝国では讒謗律、新聞紙条例、出版法、新聞紙法、映画法などに基づき内務省が書籍、新聞、映画の記事・表現物の内容を審査し、不都合があれば発行・発売・無償頒布・上演・放送などを禁止する検閲が行われてきた。

行政処分として現物の没収・罰金、司法処分として禁錮刑を受けた。

大日本帝国憲法では、通信・信書の自由・秘密が第26条に保障されていたが「法律の定める範囲で」という留保付きのため有名無実だった。

日露戦争の後、内務省は逓信省に通牒し、極秘の内に検閲を始めた。
update:2010年07月20日